【天照大神とは】日本の神さま

こんにちは。
幻想画家の奥田みきです。

今回は、日本の神様の中で最高位に位置する『天照大神(あまてらすおおみかみ)』について、

「どんな神様なの?」
「ご利益は?」
「実在したの?」

といった素朴な疑問に、分かりやすくお答え・解説していきます。

このサイトでは、これまで弁才天や龍神など色々な神様を紹介してきました。

天照大神は、そんな八百万の神々すら敬うほど尊く、そして実は人間味のある存在でもあります。

この「人間的なところ」が古事記の面白いところでもありますので、

小難しい用語や歴史はできる限り省き、親しみを感じてもらえるようにお話していきます。

 

天照大神とはどんな神様?

天照大神は、その名の通り天からこの世界を照らす「太陽の神様」です。

 

天照…天界や天界に繋がる大空、そしてその下にある大地を照らすこと

大神…神様の敬称

 

この2つの言葉を合わせると「天照大神」なります。

名前から分かる通り、まさしく太陽そのものです。

そんな天照大神が太陽神であることを象徴するエピソードが、天岩戸(あまのいわと)神話です。

天照大神の天岩戸神話

『天岩戸神話』は、太陽神である天照大神が洞窟に隠れたことで

日本中が闇に包まれ災いが頻発したため、

他の神様たちがなんとかして外に出てきてもらおうと奮闘するエピソード。

皆さんも、どこかで一度は耳にしたことのあるお話だと思います。

 

太陽神である天照大神が洞窟に閉じこもってしまったものですから、神様たちは大慌てです。

どうにかして天照大神を外に連れ出そうと考えた神々は、

「すぐ外で楽しくお祭り騒ぎをしたら覗きに来てくれるかもしれない」と計画し、祭事を開催しました。

 

天宇受売命(あめのうずめのみこと)という女神が胸もあらわに踊り出すと、

神々は大笑いし、その騒ぎを聞いた天照大神は岩戸から顔を出したところ、怪力の神が外へ連れ出しました。

計画が功を奏し、天照大神は無事に外に出てきてくれて、太陽の光が再び降り注ぐようになりました。

まさに、天照大神が太陽神であることを象徴するエピソードです。

天照大神の誕生と性別

まだ日本という国が存在しなかった頃、伊邪那岐(いざなぎ)と伊邪那美(いざなみ)が国生みを始めて

広い国土と八百万の神様を誕生させました。

天照大神は、そんな父・伊邪那岐と母・伊邪那美の娘であり

伊邪那岐が左目を洗った時に生まれたとされています。

 

時代や文献によって色々な解釈がありますが、天照大神は女神であり、現在では女性とされています。

(天照大神は「男性だ」とされる説もありますが、ここでは女神としてご紹介します)

 

性別が書物にはっきり記載されているわけではありませんが、

・天照大神の別名は大日孁貴(おおひるめのむち)といい、(日孁ひるめ)が日の女神を表す
・『日本書紀』では弟の須佐之男(すさのお)に姉と呼ばれている
・機織りの仕事をするなど女性的な記載が多い

といった事実から、一般的に女神と解釈されています。

天照大神の読み方

 

天照大神に限らず、日本の神さまは呼び名が一つではないことが多いですね。

検索などでは「天照大神」が一番良く出てきますが

『古事記』では天照大御神(あまてらすおおみかみ)

『日本書紀』では天照大神(あまてらすおおかみ、あまてらすおおみかみ)と表されます。

 

天照大神の家系図と三貴子の誕生

先ほど、天照大神は伊邪那岐が左目を洗った時に生まれたと

ご説明しましたが、その時二人の兄弟も誕生しました。

 

黄泉の国から地上に戻った伊邪那岐(いざなぎ)は黄泉の国の穢れを祓うために、禊を行います。

禊の最中に、身に付けていた装飾品などから十二柱(はしら)の神々が生まれ、その後も数々の神々が誕生しました。

 

最後に伊邪那岐(いざなぎ)が顔を洗うと、

左目からは太陽の神・天照大神が、

右目からは暦を司る月読尊(つくよみのみこと)

鼻からは嵐の神・素戔嗚尊(すさのおのみこと)が誕生しました。

 

この三柱を「三貴子」と呼びます。

 

世界の統治を分担

イザナミは天照大神には高天原(たかあまのはら)

月読尊(つくよみのみこと)は夜を、

素戔嗚尊(すさのおのみこと)には海を納める様に命じました。

 

天照大神の家系図

天照大神の父は伊邪那岐(いざなぎ)ですが、母は伊邪那美(いざなみ)ではなく、

伊邪那岐が単神で生み出しました。

神さまはこのように、普通の夫婦関係とは違い、単身でも神々を生むことが出来たのです。

天照大神のご利益

天照大神の最も知られているご利益は、願望成就です。

万物に光を注ぐ太陽の姿から「あらゆる願いを聞き届ける」というご利益に転じたそうです。

また天照大神は、太陽だけでなく『光』『愛』『真実』を司るともされ、

万人にも八百万の神様たちにも尊ばれている存在です。

天照大神を祀る神社

天照大神が祀られている総本社は、三重県伊勢市にある伊勢神宮です。

伊勢神宮

「お伊勢さん」と親しく呼ばれる、伊勢神宮の公式サイト。正式には「神宮」といい、2000年の歴史を有する日本人の「心のふる…

本来の名称は『神宮』ですが、他の神宮と区別するために、伊勢神宮という愛称で全国的に知られています。

天照大神が八百万の神の最上位であるように、伊勢神宮もまたすべての神社の最上位に位置する本宗(ほんそう)です。

 

その昔、第11代垂仁天皇の第四皇女である倭姫命(やまとひめのみこと)は、天照大神を祀る土地を探すべく全国各地を巡りました。

そして伊勢国に行き着いた際に、天照大神から「この国に留まる」という神託を受け、現在の内宮がある土地に祠を建てたことが伊勢神宮の始まりです。

また、天照大神を祀る神社を神明(しんめい)神社といい、全国各地に建てられています。(全国に5000社存在するそうです)

天岩戸神社(あまのいわとじんじゃ)

宮崎県西臼杵郡高千穂町

上記の「天岩戸神話」に関連した神社です。

お蔭参りが大流行

伊勢神宮で有名な歴史エピソードといえば、お蔭参り(おかげまいり)ではないでしょうか。

まだ国道もしっかり整備されていなかった江戸時代の頃、伊勢神宮へ集団参拝するお蔭参りが大流行しました。

その当時、実に数百万人もの人々が全国各地から伊勢神宮を訪れたとされています。

 

現在の東京からでも徒歩で約2週間かかりますが、東北や九州地方の人は、実に100日かけて参拝しに来たともされています。

この出来事だけでも、天照大神がいかに人々に愛されてきたかが分かりますよね。

 

今では車や公共交通機関で手軽に参拝できますが、昔の人がそれほどの苦労をしてでも行きたかったということを想像すると

天照大神の尊さをより実感できるのではないでしょうか。

天照大神は実在した?

日本神話は『神話』と言われながらも、現実と繋がっている部分もあり、

「天照大神って実在したの?」

というところが曖昧な方がほとんどかと思います。

 

天照大神が実在したかどうかについては、結論からお話しますと

「おそらく実在した」と答えるほかありません。

日本最古の歴史書である『古事記』では、初代天皇の神武天皇に繋がる家系図が記されています。

この家系図によれば、天照大神は天皇の直系のご先祖様にあたるため、

実在の人物もしくは神話のモデルとされる人物がいたと言えるでしょう。

根拠は定かではありませんが、「天照大神と卑弥呼は同一人物」という説も囁かれています。

 

しかしその一方で、お父さんの左目から生まれたり、

洞窟に隠れたら世界が真っ暗闇になったといった逸話があまりにも現実離れしていることから、

実在しない架空の人物と言われることもあります。

実在したかどうかよりも大事なこと

日本の神様は、キリスト教のような人間界の外側にいる絶対的な存在というよりも、

八百万の神と言われるように、私たちの身近なところで見守ってくれる存在です。

そういう意味では、天照大神が本当に実在したかどうかよりも、

『実在する大切な人と同じように、親近感と敬意をもつ』

ということが大事なのかなと思います。

 

天照大神は万能で無味乾燥な存在ではなく、

弟の須佐之男を気遣ったりその弟に困って洞窟に籠もってしまったりと、実は人間味に溢れる神様です。

 

日本神話を知れば知るほど、

「神様も人間と同じように他人を思いやったり、失敗することもあるんだ」

と思えて、私たちも完ぺきじゃなくていいんだとどこか安心することができます。

 

そんな最高位の神様でありながら人間らしい一面もある天照大神を、雲の上の存在ではなく、

どこか親しみのある存在として敬愛してもらえたら嬉しいです。

まとめ

 

最後まで読んでくださった方は、天照大神の凄さと同時に、意外な一面を知ることもできたのではないでしょうか。

もし愛着を感じていただけましたら、最寄りの神明神社を参拝したり日光浴をして、

天照大神との繋がりを感じてみてくださいね。

日本の神さまの最新記事8件

癒しの神仏画・観稀舎

画家・奥田みきの絵画通販ショップ|仏画・日本の神様・龍神画 ・スピリチュアルアート

CTR IMG