天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、日本神話に登場する太陽の神で、もっとも有名な女神のひとりです。
「天岩戸」の神話をはじめ、弟スサノオとの関係や、国づくりにまつわる伝説が多く語り継がれています。
また、伊勢神宮の御祭神としても知られ、現代でも多くの人々に信仰されています。
この記事では、天照大御神の魅力を7つの神話エピソードを通じて、わかりやすく解説していきます。
天照大御神(あまてらすおおみかみ)とはどんな神様?
天照大御神(あまてらすおおみかみ)とはどんな神様?
天照大御神は、天から世界を明るく照らす太陽の神で、日本神話における最高神のひとりです。
その名前は「天照(あまてらす)」=天や地上を照らす光と、「大神(おおみかみ)」=尊い神への敬称から成り立っています。
まさに「太陽そのもの」とも言える存在として、古くから人々に深く信仰されてきました。

天照大御神をめぐる神話の概要
天照大御神は、日本神話のなかで中心的な存在として、多くの重要な場面に登場します。
ここでは、彼女にまつわる代表的な神話エピソードを、時系列で簡単にご紹介します。
詳細は各章の解説をご覧ください。
【天照大御神の主な神話】
- 黄泉の国から戻ったイザナギが禊を行い、天照大御神が誕生
- 三兄妹のうち、天照大御神が高天原(たかまのはら)を統治
- 弟・須佐之男命(スサノオノミコト)と「誓約(うけい)」を交わす
- 須佐之男の乱暴を受け、天岩戸に身を隠す(岩戸隠れ)
- 岩戸から出たのち、再び世界を照らす存在となる
- 大国主命の国造りを見届け、国譲りを求める
- 孫・ニニギノミコトを地上に遣わす(天孫降臨)

①天照大御神の誕生
① 天照大御神の誕生
天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、日本神話において最も重要な女神のひとりで、太陽を司る神として知られています。
彼女は、国生みの神・伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉の国から戻った後、禊(みそぎ)を行った際に、その左目から生まれたとされています。
イザナギとイザナミの夫婦神の物語は、やがて悲劇を迎えます。
火の神・カグツチの出産によってイザナミは命を落とし、イザナギは妻を追って黄泉の国へ向かいます。
再会したイザナミは「姿を見ないで」と告げますが、イザナギはその約束を破ってしまい、変わり果てた姿を目にしてしまいます。
恐れを感じたイザナギは、急いで地上に戻り、その際に通ったのが「黄泉比良坂(よもつひらさか)」と呼ばれる場所です。
このとき、菊理媛神(くくりひめのかみ)という神が現れ、イザナギに何かを告げたと『日本書紀』に記されています。
その後、イザナギは黄泉の国で受けた穢れを祓うために「禊(みそぎ)」を行い、
その清めの中で、天照大御神をはじめとする多くの神々が誕生しました。
▶ 菊理媛神(くくりひめ)についての詳細は下記をご覧ください。


② 禊と三貴子(さんきし)の誕生
地上へ戻ったイザナギは、黄泉の穢れを祓うために川で禊(みそぎ)を行いました。
このとき、身につけていた装飾品や衣から多くの神々が生まれ、最後に顔を洗った際、3柱の重要な神が誕生します。
- 左目から:太陽の神・天照大御神(あまてらすおおみかみ)
- 右目から:月の神・月読命(つくよみのみこと)
- 鼻から:海や嵐の神・素戔嗚尊(すさのおのみこと)
この三柱は「三貴子(さんきし)」と呼ばれ、以後の神話で大きな役割を果たしていくことになります。


② 天照大御神と兄弟神たち ― 三貴子の役割
禊によって誕生した三柱の神々は、父神イザナギからそれぞれの役割を与えられます。
- 天照大御神(あまてらすおおみかみ)…高天原(たかあまのはら)=神々の世界を統べる
- 月読命(つくよみのみこと)…夜の世界を支配
- 素戔嗚尊(すさのおのみこと)…海と嵐の世界を治める
このように、三貴子は「天・夜・海」という三つの世界を司る神々として、日本神話の中核をなしていきます。
天照大御神の家系と誕生の特徴

天照大御神は、父イザナギが黄泉の国から戻り、禊を行った際に「左目」から生まれたと伝えられています。
このとき、母・イザナミの関与はなく、単独での誕生という特異なかたちがとられました。
日本神話では、こうした「単独で神を生む」という表現がしばしば登場し、それは神の神秘性や超越性を象徴するものとされています。

③天照大御神と須佐之男命の神話・誓約(ウケヒ)
天照大御神の弟・須佐之男命(すさのおのみこと)は、神話に多く登場する重要な存在です。
一方、もうひとりの兄弟・月読命(つくよみのみこと)は記述が少なく、詳細はほとんど伝わっていません。
ここでは、天照大御神と須佐之男命の間に交わされた「誓約(うけひ)」という神聖な儀式についてご紹介します。
高天原での再会と緊張
須佐之男命は、父・イザナギから「海の統治」を任されていましたが、それを果たさず追放されてしまいます。
地上(葦原中国)へ向かう前に、姉・天照大御神に別れを告げようと高天原を訪れました。
突然の来訪に、天照大御神は「高天原を奪いに来たのでは」と警戒し、武装して迎えます。

潔白を示す「誓約(うけひ)」
誤解を解くため、須佐之男命は神々の儀式「誓約(うけひ)」を申し出ます。
これは、互いの誠意や意志を確かめるための、神聖な誓いの儀です。
- 天照大御神は、須佐之男命の剣をかみ砕き、三柱の女神を生み出す
- 須佐之男命は、天照の勾玉をかみ砕き、五柱の男神を生み出す
このとき、須佐之男命は「女神が生まれたのは自分の心が清らかである証」と主張し、誓約の勝者としてふるまいます。
「誓約(うけひ)」は、日本神話において重要な神儀のひとつです。
神と神の間で意志を確かめ合うだけでなく、後世の神社儀式や神道精神にも影響を与えています。
「誓約(うけひ)」で誕生した女神については、こちらの記事で詳しく解説しています。

④ 天岩戸神話 ― 太陽が隠れた神話
『天岩戸神話』は、天照大御神が洞窟に身を隠し、世界が闇に包まれたという、日本神話の中でも最も有名なエピソードの一つです。
太陽神である天照大御神が姿を消したことで、天地は混乱し、災いが相次ぎます。
弟・須佐之男命の乱行
「誓約(うけひ)」で勝ち誇った須佐之男命は、高天原で傍若無人な行動を繰り返します。
なかでも、機織り小屋に馬の皮を投げ込むという行為が原因で、織り女神が命を落としてしまいました。
その凶行に恐れを感じた天照大御神は、岩戸(天岩戸)に閉じこもり、光を失った世界は闇に包まれます。
神々の策とアメノウズメの舞
太陽の不在に、神々は大いに困惑し、どうにか天照大御神を外へ誘い出そうと知恵を絞ります。
そのとき登場するのが、女神・天宇受売命(あめのうずめのみこと)。
彼女は岩戸の前で胸をあらわに踊り出し、神々が大笑いするほどのお祭り騒ぎを演出しました。
その賑やかな声に興味をもった天照大御神がそっと岩戸を開けた瞬間、怪力の神が引き出して、光が再び世界に戻ったのです。
光を取り戻した高天原
この出来事は、天照大御神が「太陽神」であることを象徴する物語です。
天照大御神はその後、高天原にとどまり、神々を見守る存在となっていきます。
一方、須佐之男命(すさのおのみこと)は地上へと追放され、出雲の地で新たな神話を刻むことになります。
▶彼のその後の活躍については、下記の記事で詳しくご紹介しています。

次章では、天照大御神が“地上とのつながり”をどのように築いていったのか、「国譲り」と「天孫降臨」の物語をご紹介します。

⑤天照大御神(あまてらすおおみかみ)地上での出来事を見守る
須佐之男命(すさのおのみこと)が八岐大蛇を退治し、大国主命(おおくにぬしのみこと)が地上を統治していく――
そんな神話が展開される間、天照大御神は直接的には登場しません。
彼女は高天原にとどまり、地上の動きを静かに見守っていたのです。

⑥国譲り ― 地上の主をめぐる神々の交渉劇

やがて、大国主命(おおくにぬしのみこと)が地上の国をまとめ上げたことを受けて、天照大御神はこう考えます。
「この国は、私の子孫が治めるべきではないか――」
ここから、「国譲り」と呼ばれる壮大な交渉の物語が始まります。
国譲りとは、天照大御神の意志により、地上の支配権を大国主命から天孫(天照の子孫)に移すという重要な転換点であり、神々の間で使者の派遣や対話を重ねながら進められました。
この国譲りをめぐっては、さまざまな神々が登場し、それぞれの役割を果たしていきます。
次に、その中心となった神々とエピソードを簡単にご紹介していきましょう。
1. 天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)
まず、天照大御神は息子の天忍穂耳命を地上に遣わそうとします。
しかし、地上の様子を見た彼は「物騒すぎる」と引き返してしまいました。
2. 天穂日命(あめのほひのみこと)
次に、弟の天穂日命が派遣されますが、大国主命の器の大きさに魅了されて3年間も音信不通に。
3. 天若日子(あめのわかひこ)
続いて送り込まれた天若日子は、大国主命の娘と結婚してしまい、任務を放棄。
さらには、天からの使者である鳴女(なきめ)というキジを射落とすという暴挙に出ます。
失敗が続く中で、天照大御神の思いは揺らぐことなく、ついに…
4. 建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)の登場
最終的に派遣されたのが、武の神・建御雷之男神と天鳥船神(あめのとりふねのかみ)。
二神が出雲に降り立つと、大国主命の子・事代主神は国譲りを承諾します。
最後まで抵抗した建御名方神(たけみなかたのかみ)も、建御雷神に敗北し、ついに国譲りは成就します。
出雲大社と大国主命の願い
大国主命は、「自分はこの国を譲ろう。ただし、私が静かに暮らせるような立派な宮を建ててほしい」と条件を出します。
このとき建立されたのが、現在の「出雲大社」であると伝えられています。
天照大御神の強い意志と、大国主命の器の大きさが交差するこの神話は、日本神話の大きな転換点となったのです。

⑥天照大御神と天孫降臨
天照大御神にまつわる神話も、いよいよ佳境に入ります。
高天原での出来事を経て、神々は「地上を統べる者」を定めることにしました。
その役目を任されたのが、天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)の子である、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)です。
彼こそ、天皇家の始祖とされる存在。
そして、天照大御神からは、「三種の神器」という特別な宝が託されました。
これは、天からの使命と、神々の意志を継ぐ証でもあります。
高千穂の地に降り立つ
瓊瓊杵尊が地上へ向かう途中、道案内として現れたのが、国つ神・猿田彦命(さるたひこのみこと)でした。
彼の導きにより、瓊瓊杵尊は現在の宮崎県にあたる高千穂の地へと降臨します。
こうして「天孫降臨」が果たされ、
神々の意志が地上に受け継がれていくこととなったのです。
なお、「ににぎのみこと」は略称で、正式な神名は
天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命
(あめにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎのみこと)
という、たいへん長く荘厳な名を持ちます。
ここまで、天照大御神の神話を「誕生」からたどってきました。
混沌の世界に光をもたらし、神々の秩序を築いた物語は、
こうして地上へと受け継がれ、次なる時代へと繋がっていきます。
この後は、瓊瓊杵尊に託された「三種の神器」についてご紹介します。
ぜひ、続けてご覧ください。

三種の神器(さんしゅのじんぎ)」

三種の神器とは?
天照大御神から瓊瓊杵尊に託された三つの宝――
それが、のちに「三種の神器(さんしゅのじんぎ)」と呼ばれるようになる神聖な品々です。
これらは、日本神話において特別な意味を持ち、
天孫降臨の際に「地上を治めるしるし」として、瓊瓊杵尊に授けられました。
三種の神器とは、以下の三つの宝を指します。
八咫鏡(やたのかがみ)
天岩戸の神話で、天照大御神を岩戸の外へ導くために使われた鏡。
この鏡に自らの姿を映したことが、再び光を取り戻すきっかけとなりました。
現在は、伊勢神宮に祀られていると伝えられています。
八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)
同じく天岩戸神話の中で、祭祀の場に飾られた勾玉。
神々の祈りとともに捧げられ、天照大御神の心を動かした宝です。
こちらは、現在皇居で保管されているとされています。
※「八尺(やさか)」とは、約180cm程度の長さを表す古代の単位です。
勾玉そのものの大きさではなく、玉を連ねた緒(ひも)を含めた長さと解釈されることもあります。
草薙剣(くさなぎのつるぎ)
須佐之男命が、八岐大蛇を退治した際にその尾から現れた剣。
後に、天照大御神へ献上されたのち、瓊瓊杵尊へと受け継がれます。
現在は、熱田神宮に祀られていると伝わります。
このように、三種の神器はそれぞれに深い神話の背景を持ち、
代々、天皇家が受け継いできた「神聖なる象徴」として今も語り継がれています。
天照大御神からの贈り物は、
単なる宝ではなく、「統治の精神」と「神の意志」を込めた、日本のはじまりを象徴する存在なのです。

天照大御神(あまてらすおおみかみ)の読み方│天照大御神と天照大 の違い
天照大御神の名前には、文献によって微妙な違いがあります。
たとえば、
『古事記』では「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」と表記され、
一方で『日本書紀』では「天照大神(あまてらすおおかみ または あまてらすおおみかみ)」とされています。
近年では、やさしい表記として「アマテラス」とカタカナで表されることも多く、
読み手にとっても親しみやすくなっています。

天照大御神(あまてらすおおみかみ)の性別
時代や文献によって諸説ありますが、現在では天照大御神は「女神」として広く知られています。
一部では「男性神」とする解釈もありますが、本記事では女神としての天照大御神をご紹介します。
文献には性別が明言されていないものの、以下のような描写から女神とされてきました:
- 別名の「大日孁貴(おおひるめのむち)」の「ひるめ」は「日の女神」を意味する言葉
- 『日本書紀』では、弟・須佐之男命(すさのおのみこと)が**「姉」と呼んでいる**
- 機織りをする場面など、女性的な描写が複数ある
こうした背景から、天照大御神=女神という認識が、現代では一般的となっています。


天照大御神(あまてらすおおみかみ)のご利益
天照大御神といえば、やはり「太陽の神」として知られています。
そのため、万物を照らす光のように、希望や活力をもたらす存在として信仰されてきました。
古来より「国を治める神」「皇室の祖神」とされており、特定の願いに限らず、願望成就や開運全般にご利益がある神様といわれています。
また、天照大御神は、現代では「光」「真実」「調和」などの象徴としても語られることがあります。
これは、天岩戸の神話に見られるように、闇を照らし、秩序と平和をもたらす役割を果たしていたことに由来しています。

天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祀る神社

天照大御神(あまてらすおおみかみ)が祀られている総本社は、三重県伊勢市にある伊勢神宮です。
本来の正式名称は「神宮」ですが、他の神宮と区別するために、一般には「伊勢神宮」という名前で親しまれています。
天照大御神が八百万の神々の中心的な存在であるように、伊勢神宮もまた、全国にある神社の中でも特別な位置づけを持つ「本宗(ほんそう)」とされています。
かつて第11代・垂仁天皇の皇女である倭姫命(やまとひめのみこと)は、天照大御神をお祀りするにふさわしい土地を求めて全国を巡りました。
そして伊勢の地に辿り着いたとき、天照大御神から「この国に留まりたい」という神託を受け、現在の内宮がある場所に祠を建てたことが、伊勢神宮のはじまりと伝えられています。
なお、天照大御神をお祀りする神社は「神明(しんめい)神社」と呼ばれ、全国におよそ5,000社以上存在しています。

天岩戸神社(あまのいわとじんじゃ)
所在地:宮崎県西臼杵郡高千穂町
「天岩戸神話」にゆかりのある神社で、天照大御神が岩戸に隠れた場所とされる神聖な地です。
このほかにも、天照大御神を祀る神社は全国各地にあり、地域の守り神として広く信仰を集めています。

天照大御神(あまてらすおおみかみ)│お蔭参りが大流行
伊勢神宮の歴史を語るうえで欠かせないのが、「お蔭参り(おかげまいり)」という大規模な集団参拝です。
江戸時代、まだ道も整備されていなかった時代に、伊勢神宮への参拝が一大ブームとなりました。
当時、なんと全国から数百万人もの人々が伊勢神宮を目指したといわれています。
現在の東京から伊勢まででも、徒歩で約2週間かかる道のり。それを、東北や九州など遠方から来た人々は、100日以上かけて歩いたとも伝えられています。
この壮大な出来事からも、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が、いかに多くの人々にとって特別な存在だったかがうかがえます。
今では交通手段も整い、気軽に参拝できる時代になりましたが、当時の人々が命がけで「一生に一度の伊勢参り」に挑んだことを思えば、天照大御神の尊さをより深く感じることができるのではないでしょうか。

天照大御神(あまてらすおおみかみ)は実在した?
「天照大御神は実在したのか?」という問いには、はっきりした答えはありません。
ただ、日本最古の書物『古事記』には、天照大御神が初代・神武天皇へと続く系譜に登場しており、「天皇の祖先神」としての位置づけがなされています。
このため、実在の人物をモデルにしている可能性や、「卑弥呼と同一人物ではないか」とする説もあります。
一方で、「父神の左目から生まれた」「岩戸に隠れると世界が暗闇に包まれた」といった神話的描写から、架空の存在と見る声も少なくありません。
とはいえ、日本の神様は人間のすぐそばで見守る“身近な存在”とされてきました。
天照大御神もまた、弟・須佐之男命に悩み、岩戸に籠るなど、人間味あふれる神様です。
実在したかどうかよりも、「身近に感じられる存在として敬意をもつこと」が、日本の神様との付き合い方なのかもしれません。

まとめ
最後まで読んでくださった方は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の偉大さと同時に、少し意外で人間味のある一面も感じられたのではないでしょうか。
もし、どこか親しみや愛着を感じていただけたなら、近くの神明神社を訪れてみたり、穏やかな日差しの中でひとときを過ごしてみるのもおすすめです。
太陽の光を通して、天照大御神とのささやかな繋がりを感じてみてくださいね。

