東北・出羽の国に位置する出羽三山。
羽黒山・月山・湯殿山という三つの霊峰は、それぞれ「現在・過去・未来」や「生・死・再生」を象徴し、
古来より“魂の巡礼”の地として、多くの人々の祈りを受け止めてきました。
この三山には、山そのものを神とする山岳信仰に加え、
神仏が共に祀られる「神仏習合」の文化が今も息づいています。
さらに、滝や湧水に宿るとされる龍神信仰も、深く根を張っています。
神と仏、そして龍神――
自然の中で交差するそれぞれの存在に、そっと触れるような旅が、ここにはあります。
出羽三山の構成と象徴
山 | 象徴する世界 | ご祭神 | 対応する仏(本地仏) |
---|---|---|---|
羽黒山 | 現在・現世 | 出羽神(三神合祭殿) | 観音菩薩 |
月山 | 過去・死 | 月読命 | 阿弥陀如来 |
湯殿山 | 未来・再生 | 大山祇神など | 大日如来 |

羽黒山 ― 現在を象徴する山

【ご祭神:出羽神(三神合祭)|本地仏:観音菩薩】
羽黒山は標高414メートルと三山の中ではもっとも低く、
整備された参道や五重塔などもあり、年間を通じて参拝できる唯一の山です。
羽黒山山頂にある「出羽三山神社(三神合祭殿)」には、
羽黒山神・月山神・湯殿山神の三神が一体となって祀られており、
ここで三山すべてへの参拝が可能となっています。
ご祭神である「出羽神」は、三柱の総称とされ、
現世の守護や導きを願う神として信仰されてきました。
神仏習合の本地仏は観音菩薩。
慈悲と救済の象徴として、現在を生きる人々の心に寄り添う存在です。


月山 ― 過去と死を象徴する山

【ご祭神:月読命|本地仏:阿弥陀如来】
月山は標高1984メートル。夏の短い期間しか登拝できない、
厳しくも神秘的な山です。
ご祭神は、夜と月を司る神・月読命(つくよみのみこと)。
月の満ち欠けや水の動きと深く関わり、農業や漁業の守護神としても信仰されています。
また、月山は「死後の世界」や「過去世との向き合い」を象徴する山ともされてきました。
本地仏は阿弥陀如来。
過去の因縁を受け入れ、死を越えて浄土へ導く仏とされています。
月山については下記の記事の後半でも詳しく記載しています。


月山中之宮 ― 御田原神社に祀られる

月山八合目に位置する御田原神社(みたはらじんじゃ)は、月山中之宮とも呼ばれています。
月山神社本宮へ登るのが難しい参拝者のための遥拝所としても、古くから大切にされてきました。
この神社に祀られているのは、奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)です。
『古事記』では「櫛名田比売(くしなだひめ)」の名で登場し、
八岐大蛇(やまたのおろち)を退治したスサノオ命の妻神として知られています。
奇稲田姫命は、稲作を守る農業神であると同時に、縁結びや家庭円満、女性の守り神としても信仰されています。
月山神社本宮の月読命とは異なる神さまですが、御田原神社はその霊力の一端に触れることのできる、神聖な場所として今も多くの人々が手を合わせに訪れています。


湯殿山 ― 再生と未来を象徴する山

【ご祭神:大山祇神など(諸説あり)|本地仏:大日如来】
湯殿山は、羽黒山・月山と並ぶ出羽三山のひとつですが、他の二山とは異なり「語るなかれ、聞くなかれ」という信仰が今なお息づく、神秘性の高い霊場です。
社殿はなく、その姿は参拝者にしか明かされません。
写真撮影も大鳥居より先は固く禁じられており、その厳かな空気は、言葉では伝えきれないものがあります。
ご祭神は明示されていないことも多く、大山祇神(おおやまづみのかみ)、大己貴命、少彦名命など、自然神が祀られていると伝えられています。
神仏習合では密教の中心仏である大日如来が本地仏とされ、湯殿山は「魂の再生」「変容」「未来への目覚め」を象徴する山として信仰されています。
大山祇神
大山祇神は、山の神々の祖神とされ、自然のエネルギーや水の恵みを司る神さま。
社殿を持たず、山そのものをご神体とする湯殿山の信仰とも深くつながっています。
また、大山祇神は、桜や火の神としても知られる木花咲耶姫(このはなさくやひめ)の父神でもあり、山岳信仰の中でも重要な系譜をなす存在です。


出羽三山・ 龍神巡り
湯殿山参拝の際、授与所でふと目に留まった案内に「出羽三山 龍神巡り」という言葉がありました。
この機会に改めて、“龍神”との関係を調べてみることにしました。
出羽三山(羽黒山・月山・湯殿山)は、古来より「自然そのものに神が宿る」とされる山岳信仰の地。
それぞれの山は、山そのもの、森、岩、湧水といった自然の一部が御神体とされており、そこに「水の神」である龍神信仰が根づいてきました。
滝や川、沼や泉といった“水の気配”がある場所には、しばしば龍や蛇にまつわる伝承が残されています。
人々は古くから、龍神を「天に昇る力」「雨を呼ぶ力」「自然の循環」を象徴する存在として崇敬してきたのです。
令和6年(2024年)は辰年。翌年の巳年と合わせて「龍蛇の年」が続くこの巡り合わせに合わせ、出羽三山神社では、各地に残る龍神ゆかりの霊地を紹介する「龍神巡り」の企画が行われていました。
私自身も、湯殿山をはじめとする三山の地に立ったとき、目には見えない「氣」のようなものに包まれる感覚がありました。
自然と人、そして神との境界がふと薄くなるような――
龍神とは、まさにその“つなぎ目”のような存在なのかもしれません。
龍神のお守り

湯殿山参拝のあと、授与所で手に取ったのが、二つの「龍神のお守り」です。
ひとつは「御滝祠守(おたきまもり)」。
御神体の下にある滝に由来し、クリスタルには龍神の象徴である紋が刻まれています。
水の神霊に守られるような、清らかな気を感じさせるお守りです。
もうひとつは、龍の彫刻が施された水晶玉。
詳しい説明はありませんでしたが、「出羽三山龍神巡り」の趣意書にもあるように、湯殿山は龍神信仰が息づく聖地です。
この玉も、おそらく龍神の力を象徴するものとして奉製されたのではないか――そう感じました。
今は仕事場に置き、静かに見守ってもらっています。

祈りの山を巡るということ
出羽三山の巡礼は、かつて「西の伊勢参り、東の奥参り」と呼ばれ、
江戸時代には多くの人々に親しまれてきました。
羽黒山で現世と向き合い、月山で過去を鎮め、湯殿山で新たな再生へと歩み出す――
それは神と仏、そして自然とともに祈る「魂の旅」です。
日本の神様ジクレー版画
